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朝山東洋(背番号38)は、このゲームが始まって以来、まだ二夜目ではあったが初めてほっと安心できる一夜を迎えていた。食料も水も全て尽きていたところに豊かな水源を発見できたからというのもあったが、それ以上に、自分の隣に人がいるということが嬉しかった。そう、朝山はゲーム開始以来、ずっと―――緒方孝市(背番号9)を殺そうとしたあの一時以外は―――ただ一人で、鳴り止まない銃声を聞いていたのだった。
たっぷり半日以上前に栗原健太(背番号50)に遭遇し、発砲されながらも冷静にその場から逃げ出して以降(それにしても、あんなに半狂乱で撃ってしまっては当たるものも当たらないだろうに。―――そんな忠告めいた思いも、栗原が死んでしまっていると分かった今では意味すらない)、数時間おきに移動を繰り返していた朝山は、それなりにチームメイトを目撃していた。―――生死は別にして、の話だが。
一番凄惨だったのは、福地寿樹(背番号44)の死体。自分の死に様がああだったら―――そのような想像すらしたくもないグロテスクな物体に成り下がっていた。その近くに澤崎俊和(背番号14)と黒田博樹(背番号15)の死体もあった。澤崎のそれは銃撃をくらいそのまま地面に突っ伏したような状態で放置されていたが、黒田の死体は誰かがそうしたのであろう、樹木を背もたれにして転寝するかのような格好になっていた。
金本知憲(背番号10)は、斜面を上へ上へと移動しているところを目撃した。金本からは気付かれない、わずかに離れた位置に隠れるような状態で保身していたことは、命拾いだったといっても過言ではない。岩と草木の間からわずかに確認できた、金本の武器。性能までは分からないが、昔マンガで見たマシンガンと似たような形状であった。そして、もしそれが本当にマシンガンならば、高橋建(背番号22)の呼びかけを止めたのは金本だったのかという考えも浮上した(それは全くもって正しい想像であったのだが、朝山にはマンガ程度の知識しかなかったが故に、それは結局想像止まりでここまで経過していた)。
その金本とぴったり十数メートル後をつけて石橋尚登(背番号65)が移動し、さらにその石橋の十メートル程後を、東出輝裕(背番号2)が最も腰を低くして斜面をかけあがっていった。東出が通り過ぎようとした時、「親亀の上に子亀を乗せて、子亀の上に孫亀を乗せて―――」という古い言い回しの一節を思い出し、ついニヤリとしてしまったのがこれまでのゲームで唯一笑いのこぼれた場面だったかもしれない(金本の上に石橋を乗せて、さらにその上に東出を乗せたところで、金本がこけることはないだろうなあ、などと呑気なことを考えた)。その笑みも、それから十五分もたたないうちに響いた銃声とともに消えてしまったけれども。
銃声のことを考えしばらくその場へ身を隠していたが、一睡もしていない身にその行為はあまりにも過酷で、気がついたときには眠りの淵をさまよった後のことだった。その淵で栗原健太(背番号50)が言った「上へ」という一言が妙に引っ掛かり、暗くなるのを見計らって移動を開始した。流れる小川に沿って上流を目指した。
30分も歩かないうちに流れるというよりも打ち付けるような水の音が大きくなり、視界が開けた(もっともそこは闇の中、高感度カメラ並の風景しか見えてはいない)。真冬の乾いた空気に水面からの突き刺す冷気が交じり、瞬間身震いを覚えた。とりあえず水だけ補給し、さらに上流で移動しようとして歩を進めたときに、つま先が何かにぶつかって思わず前のめりになり、体の倒れる位置に手をついて―――そして朝山は気付いた。
ゲームが始まって9番目に見たチームメイト、木村拓也(背番号0)がそこに眠っていたことを。
その時の驚きようといったら、今までのゲームの中でも一、二を争えるオーバーリアクションだったかもしれない。何とも言い表せない短い声を一つあげ、体を支えた両手をバネに体を起こしたかと思うと、そのまま数歩後退し、その勢いでバランスを崩し思い切り尻餅をついた。まるで何かのコメディを思わせる一連の動きが終わると、今度は四つん這いになりおそるおそる木村に近づいた。普通なら逃げるか隠れるかの二択だろうが、反応が返ってこないことにある程度の勘が働いていた。
朝山の勘どおり、木村は既に息をしていなかった。デイパックは枕もとにあったが、武器のようなものは存在しなかった。そしてなぜか―――木村は森笠繁(背番号41)のユニフォームを毛布か何かのようにまとっていた。
朝山はこの時、森笠が木村を殺したとは考えなかった。こんなゲームの中でなくとも、殺ったことを宣言してその場を去る犯人はほとんどいないだろう。森笠は―――木村の武器を奪ったという可能性はあるにしろ―――大方のところ、死んだ後の木村を見つけて片付けたというところだろう。それにしても、わざわざこの寒さの中、自分のユニフォームをかける理由は見当たらないけどなあ。
ふうっと息をつき、そして朝山は自分がいつの間にか四つん這いの状態から正座をしていたことに気がついた。目上の人の前ではきちんとしなきゃいけないけど、木村さんは寝てるからいいですよね。そんなことをひとりごち、水面の方へ足を投げ出し木村の横に寝転んだ。一段と澄んだ空気の向こう、無数の星が輝いていた。
そういえば、星なんてずっと見てなかったな。
それはゲームが始まってからもそうだったし、ゲーム以前、遥か彼方広島の地でレギュラーとかいう、今となっては屑同然の肩書きを目指していた頃も星を見上げる余裕などなかった。自分のことだけで必死だった。それは今だってそうだ。野球なんて生半可なレベルではない、未来の奪い合いだ。こんなちっぽけな島で自分の人生が強制終了させられるなんてまっぴらだとずっと思っていた。それ故に緒方を殺そうとしたのだ。それが、自分の未来を切り開く唯一の方法だから。仕方がなかったことだと、今でも断言することはできた。
しかし、時間がたつにつれてそれ以上に辛く感じられることが朝山の胸にはあった。このゲームの中、それは生ぬるく不必要な感情ではあったが、銃声が聞こえるたびにその思いは一層強くなった―――もう、一人でいるのが辛いのだ。人一人殺しかけておいて何を言うかと咎められるかもしれない。オーケー、そのぐらいの謗りは受けよう。けれども、既に二日近くこの島に放置されている。誰とも喋っていないんだ(緒方を脅迫した以外は)。つい三日前までは仲間と飯を食ったり、女と肌を触れ合わせたりしていたんだ。そう、今目の前に輝く星のように、同じ空間で同じ仲間がひしめきあって暮らしていたんだ。
星は多分、朝山の孤独感と仲間への飢えをより深めてしまっていた。緒方を殺そうとしたことも、栗原に殺されかけたことも、ほとんど頭の中には残っていなかったのかもしれない。会いたい、誰でもいい。誰かに会いたい。潤んできた目をふこうとして動かした右手が何かに触れた―――今はもう動かない、木村にかけられた森笠のユニフォーム。そうだ、今は木村さんが―――いる。
朝山は、既に常識の中の一部分にどこか支障をきたしていたといってもよかった。すなわち、人を望む気持ちが「死ぬ」ということへの解釈を歪ませてしまっていたし、福地や澤崎の穴が開きっぱなしになった(もちろん、福地の死体は穴どころではなかったのだが)死体に比べ、木村のそれは就寝中と言われてもおかしくない状態であったのも拍車をかけたのかもしれない。隣に木村がいると思うだけで、不安という分厚く暗い雲がさあっと晴れていくような気がした。色々な感情が混さったり消えたりする中、これだけは思えた。やっとひとりじゃなくなった、と。朝山はそれが嬉しかった。
デイパックから引っ張り出した毛布をかぶり、もう一度夜空を確認した。星はあいも変わらず瞬いている。
それを見ていたら、木村以外にも誰かに会えそうな気がした。人への遭遇が必ずしも安心なことではないということは、今の朝山が気づくところではなかった。ただ朝山は、どこかおかしくなった心持ちの中で一つだけ願った。あの星のように、もう一人ぼっちになることはありませんように、と。

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