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茂みの中、新井貴浩(背番号25)は膝を抱えて、ただ、俯いていた。闇はあの戦闘を消すかのごとく、辺り全てを黒く飲み込んでいる。
前田智徳(背番号1)と一緒にこの場所にようやく戻ってきた直後、午後六時の定時放送があった(なぜか達川ではなく松原が行っていたが)。長谷川昌幸(背番号19)を倒して新井の前から逃げた鶴田泰(背番号17)の名前を含め三人の死亡が報告され、さらに二箇所の禁止エリアが追加された。二人のいる場所に隣接するエリアが三時間後に禁止エリアになるが、それ以外は特に問題がなかった。そして、森笠繁(背番号41)の名前は呼ばれなかったのだが―――
定時放送から一時間たつかたたないかという頃に、再び遠くで銃声、そしてあのマシンガンの音がして、新井の心臓をわしづかみにした。それは、忘れようとしても忘れられない、間違いなく、あの金本知憲(背番号10)のマシンガンだった。そしてそれは、森笠がなお金本に追われていて、ついに見つかったという恐ろしい推測につながった。
新井は前田にそのことを聞きかけたが、前田が察したのか首を振り、「わしらがカネに会ったところより南側だな。森笠は東に逃げた。そっから南に方向を変えたとしても、戻るとは思えない場所だな。多分、森笠じゃない。とにかく、森笠を待とう」
それで新井も当座胸をなでおろしたのだけれど、しかし、その時点からもう一時間近くがたっていた。森笠は帰ってこなかった。
頭の中を、いやなイメージがかすめた。森笠の顔。自分たちを置いて走っていったその時の、目を見開いた真剣な顔。しかし、その額の中央に予告なく唐突に、赤黒い血の塊が盛り上がってくる。大きなその塊が破裂し、その奥の脳のある場所から幾分鮮やかな血液が流れ出す。その血が森笠の顔に広がっていく、ガラスにヒビが入るように―――
新井はぶるっと頭を振ってその妄想を打ち消した。
「前田さん」
「何だ?」
「遅すぎます、森笠」
前田が地面に一つ、唾を吐いた。それで、新井は、ちょっといらいらする感じを覚えた。
「そうだな」
そんな前田の淡々とした言い方も、じれったかった。しかし、前田が何度も自分や森笠を助けてくれたことを思い出して、新井はそのいらつきを抑え込んだ。
「何か―――あったのかも」
「そうだろうな」
「そうだろうって―――」
「まあ、待て。さっきのマシンガンは間違いなくカネだ。同じマシンガンが出回ってなけりゃな。けど、さっきも言ったが場所を考えろ。俺はあいつに戻って来いと言った。森笠が覚えているなら、わざわざ元の場所とは逆の南に逃げ込むとは思えない。お前はあいつを信用してやれんのか?多分、さっきやられたのは別のやつだ。森笠はカネから逃れとる」
「じゃあ、どうして森笠は」
「それは」前田が遮った。
「どこかに身を潜めてるんだろう。道に迷ったのかもしれん」
新井は首を振った。
「怪我をしたかもしれない。下手したら―――」
新井は背筋がぞくっとして、それ以上口に出すことができなかった。またあの、顔に赤いくもの巣を広げた森笠の顔が、脳裏を横切った。森笠は、金本からは逃れたものの、致命的な怪我をして、今にも死にかけているのかもしれなかった。そうではないとしても、もし山の中を逃げているうちに他の誰かに狙われたら―――いや、あるいはどこかで気を失ったりしたら、そしてそれがもし禁止エリアの中だったとしたら、森笠はそのまま死んでしまうのだ。
前田が静かに言葉を発した。
「そうかもしれない、そうでないかもしれない」
「前田さん、お願いです―――森笠を探しに行けませんか?一緒に行きませんか?」
前田は何も言わず、新井を一瞥し、そして、口を開いた。
「それはだめだな。お前一人で行くと言っても行かせん。そんなことしたら、森笠がわしにお前を預けた意味がなくなるからな。あいつが危険を犯してわしとお前を避難させた意味がなくなる」
新井は、唇を噛んで前田の顔を見つめた。
「んな顔するな。わしだって心配はしとる。けど、これは森笠の思いだ。森笠を思ってやるなら、お前もあいつの意を汲んでやれ」
それで、新井はまた唇を噛み、―――それから、視線を落とし、頷いた。
「わかりました。待つしかないんですね」
「そうだな」
前田が頷いた。しばしの沈黙が落ちた。
「第六感っていうのを信じるか、お前は」
ちょっと唐突な話題のような気がして、新井は目を丸くした。何か別の話題で、気を紛らわそうとしているのだろうか?
「…少しは、まあ。よく分からないですけど。前田さんは?」
「いや、わしは信じんな。というか、無視して差し支えないというところやな。ユーレイだとか、死後の世界とか、第六感とか占いとか超能力とか、ああいうのは実際的対応をするだけの能力がなくて現実逃避しようとするアホの言うことだ。お前は信じとるらしいから、これはわしの勝手な意見だと思ってくれ。とにかく、だがな―――時に何の根拠もなく、未だ不明確なことについて確信を抱くことがある。それで、それが外れたことはないんだな、どういうわけか」
新井はただ黙って、前田の顔を見つめていた。
「だから、森笠は生きとる。帰ってくる。信じとけ」
新井はふと、表情をゆるめた。今前田が話したことはそれもこれもすべて、作り話かもしれなかった。ただ、それでも、そう言ってくれるのがうれしかった。
「ありがとうございます。優しいんですね、前田さん」
「気持ち悪いこと言うな。感じたままを述べてるだけだ」
再度、前田が唾を吐いた。
「体を横たえとけよ。森笠が帰ってくる前にお前が潰れたら話にならん。わしは起きとるから、気の済むまで眠れ」
前田にそれほどの負担をかけられないとは思ったが、反論もできない雰囲気だった。
「そうします。ありがとうございます」
それでもなお十分ほど座って待った後、新井は毛布に身をくるみ、横になった。
しかし、眠れなかった。

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