佐々岡真司(背番号18)は、憔悴していた。無論、ゲーム開始からろくに休みをとっていないのだから疲労については無理はなかったが、達川らの六時間ごとの放送を聞くたび、即ち報告される死人の数を聞くたび、その憔悴は階段を上るようにがくっがくっと強まっていった。もう、残り二十人ちょっと。
新井貴浩(背番号25)ら三人がいたあの場所を出た後、佐々岡は長谷川昌幸(背番号19)と倉義和(背番号40)の眠る茂みへ腰を下ろし、しばらく二人の血まみれになった顔や体を眺めていた。幾分その惨たらしい様子に慣れてしまった自分には、ただもう呆れるしかなかったが―――それにしても、お前らはこんなところでまで息を合わせて死ぬことはないじゃないか―――目の前の二人にそう言葉をかけるしかなかった。
活躍は、突然だった。あれは春風が夏の匂いを感じさせようとしている五月の初旬のことだったように記憶している。
「長谷川はまだ早かろう」
佐々岡の唐突な発言に北別府(1軍投手コーチ)は苦笑しつつそう答えた。
「久しぶりにハセのボールを見たけど、いい球放ってるじゃないですか。今先発で投げさせておけばきっと後々につながると思うんですよ。ローテも苦しい今の時期に、中(継ぎ)じゃ惜しいんじゃ…」
「お前にそこまで言われたら、長谷川も本望じゃろう。上がってきたんだから、この経験を生かしてもらわんと困る」
横目で佐々岡を一瞥して北別府はノックに使用したマスコットバットを二、三度振った。
「昨日―――」
佐々岡がちょっと言葉を切り、北別府の視線を自分に引き寄せたのを確認して続ける。
「あれだけ投げたのに星がつかんかったんですけえ、中四日は気持ち的にもきついですよ」
「援護がないのは俺に言われても困るな」
マスコットバットを左手に持ち直し、ベンチに戻る北別府。少し歩を進めて振り返り、佐々岡がまだ自分を見ているのを確認すると表情を変えないまま口を開いた。
「山内には中でやるように練習前に言うた。長谷川は日曜の頭だ」
ニヤリと笑んだ佐々岡を見て、同じく鼻で笑うかのような仕草を見せた後、北別府は一言付け加えた。
「お前に言われんでも分かっとる」
「分かってる、か」
ふいに佐々岡の口から一言漏れた。たしかに長谷川は抜擢された試合で初めて完投し、結局九勝を挙げた。そこまで北別府には分かっていたはずもないだろう。そしてやっと活躍できた年のオフに、このような凄惨な終わりがやってくることも。長谷川や倉、あるいはこの二人が狂気に走っていなかったとしたら、二人を殺したであろう鶴田を殺し合いに走らせる側に身を置くことも。北別府は分かっていなかったはずだ。分かるのは過ぎ去った過去と過ぎ去ろうとする今だけだ。結局自分にも、北別府にも、長谷川にもこんな未来が来るなど分からず、ただその現時点を理解するだけで未来さえ分かったような気になっていただけなのだ。
佐々岡は立ち上がった。―――ここにいたら、こんなゲームに巻き込まれる前の記憶にただ浸り続けそうだったのだ。長谷川や倉には悪いが、長時間悼んでいる余裕もなかった。二人の遺体を見ることでその思いも強まっていたのだ。今はただ、西山を探し出したかった。もし昨日の夕刻、島に響き渡ったあのマシンガンを持つ人間とでくわそうものなら、いくらチームの信頼の厚い西山といっても殺されてしまうかもしれない。こんなゲームの中では、常識だと思っていたことでさえ全く機能しないのだから。常識が通用するなら、俺はあんなにたくさんの死体を見ることさえなかったのだから。
佐々岡はレーダーを取り上げ、暗闇の中、液晶パネルの光があたりに漏れないよう慎重にスイッチを入れた。
パネル中央、佐々岡自身の存在を示すマークがだぶって見えた。いけない、少し疲れてきているのか、焦点さえ合わなくなってきている。
―――。
そうではない、と気づいた瞬間、佐々岡は頭を下げていた。同時に体を回転させ、肩にかけていたデイパックを目掛けた方向に投げつけた。たいして中身も入っていなかったのだが、まさか気付くとは思っていなかったのだろう、背後に立っていた影の腕をデイパックは見事に捕らえた。「うっ」といううめき声と同時にデイパックとともに、明らかに金属のようなものが落ちる音がした。銃か、刃物か。不幸中の幸い、その落下物は土で軽く跳ね返り、佐々岡の踵すぐ横に落ちた。影の手がのびる前に、佐々岡の足がその落し物を自分の下へ蹴り寄せた。―――チームメイトを殺すしか用を持たないその残酷な冷たさとそれを持っていた人間の手から伝わった生ぬるさが奇妙にも同居していた一丁の拳銃を佐々岡が手にしたと同時に、背後の影はやや後ろへ後退した。
【残り23人】
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