Back

「着いた」
無機質にそびえ立つ建物を見て、広池浩司(背番号68)は安堵の表情を浮かべた。既にあたりを闇が包んでいるせいか、横にいる河内貴哉(背番号24)には、その表情を確認することができなかったが、心持ちはほとんど同じだったに違いない。計画ではもう少し早く、この小学校に到着するはずだった。ところが、途中で急に荷物が一つ増えたのだ。とても重くて、少々扱いが厄介な。肩にかかるその荷物の重さが、彼らのここまでの旅の大変さをうかがわせた。
「とりあえず中に入ろう」
広池が歩を進めた。二人で運んでいた「それ」のバランスが崩れかけて、慌てて河内も歩き始める。校門と校舎の間には運動場があるため、ほんの少しの間ではあるが障害物などに身を隠すことなく移動しなければならない。こういう時に攻撃されたら一発であの世行きが確定するだろう。運動場で死ぬなんて味気ないというか、墓場にするには広すぎてちょっと遠慮したい気分だ。
あと五メートルほどで校舎内に入れると河内が気を抜こうとした、その時だった。突然目の前から光を当てられた。文字通り、厳島神社の仰々しい照明と一連の出来事がフラッシュバックして、途端に足が動かなくなった。たとえ今当てられた光が、懐中電灯によるほんのわずかなものだとわかっていても。
「止まれ。持ってる武器を捨てろ」
普通なら一昔前の刑事ドラマのコピーのようなそのセリフにからかいの言葉でも送るのだろうが、この状況下、とてもそんな余裕はない。声とともに、銃のロックを解除する音も響いた。間違いない、向こうは銃を持っている。河内は、自分の喉がからからで既に声も出せない状態になっているのに気付いた。もはや喉を鳴らす唾さえ出ない。
「武器じゃなくて、荷物ごと捨ててやるよ」
落ち着き払った声でそう言って、右肩に背負っていたデイパックをドサリと自分の前へ投げ落としたのは広池だった。河内は隣に広池がいたことさえ忘れかけているほど緊張していたが、広池にはそういう雰囲気が微塵も感じられなかった。
「だから、とりあえずこいつを保健室に連れて行ってやってくれ、小山田」
懐中電灯の光が河内から離れ、投げられたデイパックとその持ち主である広池をしばらく照らした。広池はその眩しさに右手で光を遮ったが、相手は容赦なく広池の顔を照らす。少したって、ようやくそれが広池だと分かったらしい。
「広池さんじゃないっすか。どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない。眩しいよ」
「ああ」
懐中電灯の持ち主は広池に促されてようやく光を地面に落とすと、やや小走りに近付いてきた。ほんの目の前まできて河内にも、その目の前の人物が確認できた。間違いない、小山田保裕(背番号39)だ。懐中電灯の光を、小山田のもう片方の手で持っている拳銃が薄く跳ね返していた。―――とりあえず近付きはしたものの、武器を手放すまでにはいたっていないようだった。
「こっちは誰だ?」
「あ―――河内です」
人前に慣れていなかった入団発表での挨拶のようなぎこちない名乗り方だったが、小山田は別段思うところはなかったらしい。ただ「河内か」とだけ返ってきた。もっと温かい言葉をかけてくれても―――と普段なら思っていたかもしれない。しかし小山田の右手の銃に神経が集中していて、とてもそんなことを考える余裕などなかった。ここはもう、広池だけが頼りだった。
「他に誰かいるか?」
「他―――」
小山田が答えを濁す。
「―――答えられないか。悪いが、お前の答えを悠長に待っている暇はない。こいつだけはすぐ中に入れてほしいんだが」
そうして広池は、今まで自分の左肩に大きくかかっていたその“荷物”を肩ごと小山田に突き出した。突き出したところにあったのは、力なくうなだれた人の頭―――。
「これ―――」
「森笠だ。道のど真ん中に倒れてた。血だらけで。だから急を要するんだ」
「―――わかりました、他のメンバーに話つけてきます」
そう言うと、小山田は校舎の中に駆け込んだ。小山田はいわゆる、見張りだったのだ。その後姿を見送りつつ、河内は一つ大きく息をついた。と同時に、気の張りが完全に解けたのだろうか、膝の震えががくがく、がくがくと止まらなくなり、思わず両手を膝についた。その反動で森笠の体が地面に落ちそうになる。広池が「おっと」と無意識のうちに発すると同時に、河内が持っていた森笠の左半身が落ちるのを慌てて受け止めた。
「大丈夫か、河内」
「はあ…」
河内には、生返事を返す力がどうにか残っている程度だった。余程緊張してしまったのだろう。
「―――まだ計画が無事進められるかどうかは分からないから、もうちょっと頑張ってくれよ。他に誰がいるか分からないけど、僕らが受け入れてもらえるかは分からない。ここで計画の準備が出来るかどうかも」
広池の言う通りだった。まだ何も始まっていない。ようやくスタート地点にたどり着いたばかりなのだ。そして偶然発見した森笠繁(背番号41)のことも、どうにかしなければいけなかった。ここに来る途中、全身血まみれで倒れている森笠を発見した。それを見過ごすことは河内にも、広池にもできなかったのだ。なぜ血まみれで倒れているのか、その過程を二人は知ることはなかったのだが―――。
「広池さん」
小山田の声に広池も河内も反応した。暗くてよく分からないが、二人ほど走ってくる気配がする。
「担架持ってきました。これに乗せて下さい」
「ありがとう」
森笠を担架に乗せつつ、小山田と一緒にやってきた人間をチェックする。佐竹健太(背番号36)だ。あの“隠れ家”でのダミーの会話で、投手は固まって逃げているんじゃないか、と広池は言ったが、あながち間違いでもなさそうだ。河内はこんなことにでも感心した。今なら思考能力が働いていないおかげで、何にでも感心できたに違いない。
「いきましょう」
森笠が乗ったことを確認して、小山田と佐竹が担架を担ぐ。
「僕らも入っていいのか?他にもまだいるんだろ?」
「もちろん、歓迎しますよ。このメンバーじゃブルペンの中とたいして変わりませんけど」
広池の質問に、ようやく小山田が笑みを見せた。

【残り24人】

Next

menu

index