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空が澄んだ青から徐々に朱みを帯びてきた。佐々岡真司(背番号18)の消えた先も少しずつ見えにくくなってきている。藪の向こうに見える闇は間もなく空全体を覆う。ゲームが始まってもうすぐ丸二日がたつ。
新井貴浩(背番号25)は時計を見た。そろそろ午後五時になろうとしていた。陽のあるうちは気にならなかったが(とはいうものの、ほぼ物陰に隠れていたから直接陽の光を浴びた時間などほんのわずかではあるのだが)、今は真冬の十二月だ。ユニフォームと毛布でしのいでいたはずの寒さが、疲労に蝕まれつつある体に徐々にこたえてきていた。
「寒いな」
森笠繁(背番号41)が新井に呟いた。森笠は木村拓也(背番号0)の死体にユニフォームを預けてきていたため、アンダーシャツに私服を羽織っている。ただし、呼び出しを受けた時点でユニフォーム持参と言われていたせいか、それ程私服には気を回していなかったらしい。とてもではないが防寒できてそうな服ではなかった。
「―――寒いな」
森笠の呟きに、新井ではなく前田智徳(背番号1)が口を開いた。視線を上げて新井と森笠を見やるその顔には困ったような笑みが浮かんでいた。皆考えていることは同じだったのだろう。
「どこか、山を降りて家とかに隠れる場所を変えませんか?」
「家か―――」
前田は新井から視線を外し、目を細めた。
「基本的にはあまりよくはないんだがな。だんだんエリアが狭まってきてるが、商店街周辺の住宅街は一向に禁止エリアに指定される様子がない。向こうも多少なりとも考えとるようじゃけえ、それにひっかかるのはやめておきたいと今でも思っとる。それに、そういう罠を敷かなくてもみんな同じことを思うはずだ。そろそろメシや、暖かい寝床が恋しくなっとるはずだ」
「でも」森笠が言った。
「山にいても隠れ通す事は無理だと思うんです。実際、佐々岡さんに会った」
前田は軽く頷くと、黙って平地の方を見渡した。佐々岡が地図に残してくれた書き込みの事を考え合わせているのかもしれなかった。
佐々岡は、地図に自分が見た死体のほか、どんな死に方だったかも詳しく書き込んでくれていた。黒田博樹(背番号15)が死んでいたすぐ近くで福地寿樹(背番号44)と澤崎俊和(背番号14)の死体。澤崎はいたってシンプルに(というと言葉が悪いが)銃殺されていたらしいが、福地は目を潰されていたうえ(!)喉を何かで突かれていた。商店街のやや外れに位置する店舗兼住宅の一角では、兵動秀治(背番号4)。これは喉を刃物で切られていたらしく、血の海だったようだ。山裾にあるロープウェー乗り場近くの公園で高橋建(背番号22)と横山竜士(背番号23)。両者とも頭部にそれぞれ一発、さらには全身に何発もの銃弾を浴びていたということだった。
「前田さん」
新井が声をかけると、前田が視線を戻した。
「建さんとヨコを殺ったのは、チビだと思いますか?」
新井はそうして質問しながらも、またまたどこか、非現実的な感じがしてならなかった。佐々岡の言ったことだから信用しないわけではないが、一方、同期の八人はなぜかとても仲が良く(実際森笠ともこうして行動をともにしている)、その中の一人である東出輝裕(背番号2)がこのゲームに乗るなんて絶対ない、という一種思い込みに近いような妙な信念もある。
「いや」
前田は新井と森笠、両者に視線をやり、再び質問者である新井に視線を戻した。
「わしはそうは思わん。建さんと横山が死んだ時、マシンガンの音の後で二発、単発で銃声がしたじゃろ。ササさんの記述と一致するな。マシンガンの銃弾が二人の全身を襲ったそれで、単発の銃声が頭部を狙った銃声だ。この単発の銃声が二人にとどめを刺した音だったんだろう。しかし、黒田は撃たれた後、ササさんに会うまで生きとったと言うた。こっちはちょっと、緻密さに欠けるな。―――まあ、どうせすぐに死ぬだろうと思って放っといただけかもしれんがな」
東出が、死ぬ間際の黒田さんを、放っておく―――しかも、東出自身が手を下して。ますます信じられなかった。
「ともかく」
前田は唇を笑みの形に曲げて、言った。
「東出にはいずれ会うことになるはずだ。恐らくな。その時に真実は分かる」
間をおかずに、今度は森笠が口を開いた。
「佐々岡さんのあの機械で考えたんですけど、俺たちが一緒に行動してるってことは達川さんたちに分かってるんですか?それと、俺たちの位置とか」
「たぶんな」
前田が即答する。
「それは、俺たちには何の支障もないんですか?一緒にいると殺し合わないから何かする、とか」
「それはない。出発前に言ったな、『二十四時間で死人が出なかったらゲーム終了』と。だからもし三人生き残ったら、一人が裏切って生き延びるか、皆で死ぬか。それか―――」
何か思い当たったのか前田が急に言葉を切って、視線を遠くに預けた。然程時間をおかずに、再び話を続ける。
「―――いや、それだけだな。ただ、こんな問題は、直面した時に考えればいい。それより、本当に移動する気なら多少お互いの姿が確認できるうちに移動した方がいい。わしは気が進まんが、これからの事を考えたら反対はしない。休める分、体力を回復させて先輩を守ってもらわんとのう」
とりあえず、前田は自身でこれからの行動についての決断はしないようだ。新井と森笠はちらと目配せをしたが、出てくる答えは一つしかない。新井が立ち上がる。
「行きましょう」
森笠も立ち、ゆっくりと前田も腰を上げた。前田が先に立って緩斜面を降り始め、新井は右手にぎゅっとスミスアンドウエスンを握り締めると、森笠をはさんで後を追った。
ごつごつした岩がだんだんとなくなり、そのうち藪と木立も途切れた。木立の先には畑があった。もっとも、この時期なので作物は何も植えていないらしい。しばらく人も入っていないようで、三人が歩くと更地だった畑にスパイクの跡がしっかりとついた。土のいい匂いがした。血のにおいを嗅いだ後では、特に。
進行方向左手に、トラクターが一つ放置されていた。その少し向こうに民家があり、さらに坂を下ると住宅街と、おだやかな海が広がっている。民家は少々築年数のたった二階屋だった。他の住宅と離れているのに、御丁寧にブロック塀をめぐらしてある。
前を行く前田の足が止まった。空を見上げた。表情が凍り付いていたのが、薄闇の中でもはっきり見てとれた。
前田の視線の先、その中空だった。新井たち三人に向け、放物線を描いて何かが飛んできていた。

【残り24人】

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