「待ってください!」
叫んだのは森笠だった。
「どこ行くんですか?佐々岡さん、武器とか持ってるんですか?このままだと危険すぎますよ」
佐々岡はちょっと、下唇を口の中へ巻き込んだ。それから、ポケットからさっきの携帯情報端末みたいなものを取り出し、三人へ示した。
「俺のデイパックに入ってた“武器”がこれだ。前田はわかったようだけどな、こいつで」
装置を持った手で、佐々岡は自分の首を指した。新井にも森笠にも前田にも、同じようにくっつけられている銀の首輪が光っていた。
「これを着けてる選手の位置がわかるらしい。ごく近いところまで行けばだが―――スクリーンに表示が出る。それが誰か、まではわからんが」
それで、新井はようやくさっきの疑問の答えに思い当たった。佐々岡が藪の中にいた自分たちを「三人」と言い当てたのは、その装置のおかげだったのだ。それは、あの神社の中で自分たちの生存を確認しているコンピュータと同じように、首輪を着けているものの位置を突き止めることができる、というわけだ。佐々岡が言ったように、それが誰かまではわからないにしても。
佐々岡は装置をポケットに納めた。「じゃあ―――」と言って踵を返しかけたが、「そうだ」とそれを止めた。
「東出に気をつけろ」
それはあまりにも唐突な告白だった。
「あいつはやる気になっとる。ほかは知らんが、それだけは確実だ」
「出くわしたんですか、東出に?」
前田の質問に佐々岡は首を振った。
「いや、そうじゃないが、黒田が―――あいつがそう言った、死ぬ前に。黒田は東出にやられた」
信じられない言葉が続く中、新井は、黒田博樹(背番号15)がもう死んでいたのだということを思い出した。正午の放送でそれを聞いて、そしてついさっき、あの銃撃戦で死んだ長谷川の死体を見ていて、彼らに首脳陣と一緒になって期待をかけていた佐々岡のことが気になってはいたのだけれど、今、佐々岡に会えたうれしさで、そんなことはすっかり忘れていたのだ。
森笠が「一緒だったんですか?」と静かに訊いた。佐々岡がまた首を振った。
「最期だけだった。俺は出発してからしばらく隠れたままだったんだが、昨日呼びかけがあったな―――建とヨコ(横山)の。あれ聞いて探そうと思ったんだ、西山を。このまま会えずにいたら、今までやってきたことが何にもならんしな。だが、見つからん。昨日の夜に兵動の死体を見て、そして今日は黒田だ。けど、遅すぎた」
そこまで言って、佐々岡は視線を落とした。みなまで言わなくても、佐々岡が黒田に出会った時には、黒田は東出輝裕(背番号2)にやられて、死にかけていたのだということがわかった。
「本当に―――本当に黒田さんは“東出”と言ったんですか?」
新井はもう一度だけ確認した。確認したかったのだ。確かに東出は口は悪い。どことなく小悪魔的な印象がある。だが、自らすすんで人を殺す程、道理に外れているような人間では決してなかったはずだ。何より同期入団でサードとショート(東出は元々セカンドだったのだけど)、お互い切磋琢磨してきた新井は東出を―――チビをチーム内で一番理解していると思っていたのだ。しかし。
「自分が死にかけてる時に、そんな嘘をつくと思うんか?」
そう聞き返されて、新井には返す言葉がなかった。信じたくはないが、信じるしかないのだろうか。
「なんなら―――」話題を変えたのは、森笠だった。
「俺たちも一緒に探しましょうよ、西山さんを」
佐々岡はしかし、あっさり首を振った。
「こんな自分勝手な行動にお前らをつき合わせるのはやめとくよ」
「けど、せっかく会ったのに、もう会えないかもしれないじゃないですか」
森笠の言う通りだった。一度別れてしまったら、また合流するのは容易ではない。
「じゃあ、これは―――」
前田は何かに気づいた様子で自分のユニフォームのポケットをまさぐると、右手で何か小さなものをつかみ出した。一辺の金具みたいなものを歯で咥えると、本体部分をひねった。
ちい、ち、ち、ちゅく、ちゅく、と鳥の鳴き声がした。随分鮮やかで大きな、そして楽しげなさえずりだった。
前田は口から手を離し、新井はそれが、前田の手にしているもの―――新井の知識量では“バードコール”なんて単語が思い浮かぶはずもなかったが―――から出た擬似のものだと了解した。
「ニシさんに会えても会えなくても」前田が言った。
「俺たちが必要だったらこれを吹いて下さい。そう―――十五分毎に、きっかり十五秒ずつ。もしその時も三人無事でいたら、それを頼りにササさんのところへ向かいますんで」
そう言って、前田は佐々岡にバードコールを渡した。佐々岡はそれを二、三度いろんな角度から見た後、頷いた。
「わかった。そうするよ」
「それと、もうちょっと時間をとっていいですか?」
その申し出には若干怪訝そうな表情をしてみせた佐々岡だったが、それを即座に読み取った前田が続けた。
「地図にお互い誰か出くわした場所をチェックしといた方がええと思って。ほんの少しでも危険は減らしておいた方が」
「―――わかった。よく気がつくな」
「まあ、いろいろと」
それでこの出会いで初めて、佐々岡がこの場に腰を下ろすことになった。前田と佐々岡がお互い地図を取り出し、それを交換すると、書き込みを始めた。書き込みながら「黒田は、東出がマシンガンを持っていたと言ってましたか?」と前田が訊ねた。
「いや」佐々岡も顔を上げずにこたえた。「それは聞かなかった。ただ、背中に何発かくらってはいたけどな。一発じゃない」
「―――わかりました」
二人が作業を進める横から、新井は、廣瀬純(背番号26)と瀬戸輝信(背番号28)のことを説明した。佐々岡が鉛筆を走らせながら、頷いた。
前田が書き込みを終え、佐々岡に地図を示した。
「すぐ先の川で、長谷川がやられた。鶴田が逃げるのを、新井が見てる」
「ツルが?冗談だろう?」
今度は佐々岡が驚く番だった。
「こんなことで嘘はつけません」
「そうか―――」
「正当防衛だった可能性もあります。鶴田さんも左腕を撃たれてたみたいでした。けど、とりあえず鶴田さんには気をつけてください」
半ば信じられない様子ではあったが、佐々岡はとりあえずという感じで頷くと、書き込みの終わった地図を前田に手渡した。前田の書き込みが入った地図をデイパックにしまうと「じゃあ」と言って立ち上がった。
「待ってください」
新井は、ベルトからスミスアンドウエスンを抜き出した。長谷川と鶴田の銃撃戦をやめさせようとして使用したもので、元は森笠の武器だったものだ。
「これ、使ってください。俺たち、まだ他に武器はありますから」
前田の支給された武器であるショットガン、木村拓也(背番号0)の形見となったトカレフTT-30、さらには瀬戸と長谷川の死体から前田が持ち出した拳銃。これだけあれば十分だと新井は思ったのだ。しかし、佐々岡は首を横に振った。
「いいよ、俺には必要ない。やるって言っても、いらん」
それから三人の顔を見渡し、軽く笑みを浮かべて前田に言った。
「こいつらのこと、頼むからな。“期待の若手”がいなくなった時の失望感ってのは、お前が一番よく知っとうじゃろう?」
前田は、何も言わなかった。佐々岡は表情を戻すと、長谷川と倉の眠る川の方へと歩き出した。しばらくの間、三人とも無言でその背中の“18”を見送っていた。 【残り24人】
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