診療所は、平屋建ての小さな古い木造家屋だった。板壁は黒ずみ、屋根を葺いた黒い瓦も時間の経過を示して角の部分が白くなっている。鶴田泰(背番号17)が死んだ農家とは違い、外れの方ながらも住宅街に位置しているその診療所には、一応舗装された道が横付けされており、しかしすぐ後ろには野晒しの崖と、それにつながる山がそびえていた。診療所の前には、医者が使っていたものなのか、白いライトバンが一台停まっていて、短い冬の日差しを受けたその影がやや横長に道路に映し出されていた。
とにかく、野村謙二郎(背番号7)と緒方孝市(背番号9)は、一応の目的地に着いたのだった。無傷で山を下りられたのは、僥倖だったに違いない。マシンガンの銃声に追われることもなかった。地図上ほんの二キロ足らずの行程だったが、いつ誰に襲われてもおかしくないという緊張感と緒方を守ろうという責任感の中での移動で、野村はひどく疲労していた。早く診療所内に誰もいないことを確かめ、緒方のことだけでなく、自分も一休みしたかった。
緒方に「ちょっと待ってろ」とだけ言うと、野村はショットガン(レミントンM870)を構えてまずライトバンを調べた。車の下も覗き込んだ。次に建物にすっと近寄り、周囲を一回りした。戻ってくると、引き戸になっている玄関を調べた。鍵がかかっているらしく、野村はショットガンを持ちかえると、切り詰めた銃床の端でスリガラスをかしゃんと割った。頭を下げ、しばらく待った。それから、逆三角形に開いた割れ目から手を突っ込んで戸を開き、中へ入って行った。
軽く十五分は経過しただろうか、野村が緒方のもとへ戻ってきた。相変わらずだるそうな緒方の荷物も持ち、診療所へ連れて行った。診療所の玄関先には普通の病院とかわらない蛍光灯入りの看板と、さらには玄関の横に診療時間等が書いてある少々文字色のあせた看板がかかっていた。野村は緒方を先に中へ入れると、すぐに自分も入り戸をぴったり閉めた。さらには先ほどの“調査”で見つけたほうきでつっかい棒をした。
慣れた様子でスパイクのまま上へ上がり、右側の部屋の扉を開け、「ベッドで横になっとけ」と緒方に言うと、野村は一つ奥の部屋へ消えた。扉の開かれた部屋には窓側に木の机と医者用らしい黒い皮張りの丸椅子が一つ、そしてその手前にグリーンのビニール張りの丸椅子が一つあった。小さな診療所でもそれはそれなり、消毒液の匂いがした。
金属パイプに緑色の薄い布を張った間仕切りの奥にベッドが二つあった。手前のベッドにだけ白いシーツがかけてある。そのシーツの皺の寄った様が、手馴れていない人間のやったものだと緒方に語りかけた。それで緒方は、野村が診療所から戻ってくるのに時間がかかった理由をようやく飲み込んだ。
野村が薄いブラウンの毛布を小脇に抱えて再び部屋に戻ってきた。「とりあえず二枚な」とだけ差し出された毛布を緒方は慎重に受け取り、それを広げかぶって横になった。野村に心配をかけないよう、きちっと肩口を覆った。その間も野村は、それが薬棚なのだろうか、単なる事務用のそれを変わるところのない、グレーのキャビネットを引っ掻き回していた。
「大丈夫か?」
作業を続けたまま野村が聞いた。緒方は「はい」とだけ呟いた。ベッドで横になった安心感で気が緩んだのか、全身の熱がさらに上がったような感じを受けていた。
「水飲むか?」
余程緒方の声が力なかったのか、野村が今度は振り返って聞いた。それには首を横に振ってだけ答えた。その様子を受けたせいか、野村は低い位置にある別の棚を引っ掻き回して、その中から紙箱を一つつかみ出した。蓋を開け説明書を読んでいたが、納得したのか中から一錠ずつ梱包されている白一色のカプセルを二錠分切り離し、緒方へと持ってきた。
「とりあえず解熱剤だ」
梱包からカプセルを取り出すと、水ボトルをゆっくり傾けつつそれを飲ませた。熱と疲労と睡魔とで緒方の意識は途切れる寸前だった。
「しばらく寝ておいた方がいい。これからの話はその後だ」
それだけ言った野村の顔を見て安心したのか、緒方はそのまま眠りの淵へと落ちていった。 【残り25人】
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