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『死んだ人は以上でーす』 達川の明朗な声が響いていた。正午の放送だった。新しく葬式待ちのリストに並んだのは、福地寿樹、黒田博樹、澤崎俊和、木村一喜、そして倉義和と長谷川昌幸と今までの放送の中で最も多かった。 『みんな、仲間が死んで辛いかもしれんがのう、元気を出すんやぞー。君らがくよくよしてたら応援してくれるファンが悲しみまーす。わかったなー』 追加される禁止エリアを淡々と述べ、その後相変わらず能天気なセリフを吐き散らして達川の“放送”はぶつっと切れた。 「27人か、ちくしょう…」 いらだちながらも野村謙二郎(背番号7)はそう吐き捨てるしかなかった。歩けども歩けども同じユニフォームを着た仲間に出会うことが出来ない。そうするうちにその仲間は一人、また一人と消えていっていた。―――早く皆に会いたい。会って広島に帰るんだ。 野村はともに行動している緒方孝市(背番号9)に視線を向けた。禁止エリアを確認しているのか、いつもの仏頂面のまま地図とにらめっこしている。―――こいつは策士だ。かつて盗塁王を獲り続けていた時も相手投手の癖を気が遠くなりそうなほど詳細に分析して、かつ塁間のステップさえ細かに研究していた。そういう男なのだ。ただ、一つ昔と異なることがあるとすれば、ここは一般常識さえ通用しなくなった“異常な空間”だということだ。そんな中でいつも神経を張り詰めさせていれば、いつかは狂ってしまうはずだ。 「緒方」 声をかけられた緒方が表情を変えずに顔をあげた。 「もし食べ物がまだ残っているなら今食べておこう。1日1回は何か入れておかないと体がもたんぞ」 少し間をおいて緒方が口を開く。 「いや、今はあまり…」 「どうした?食欲―――」 野村は言いかけ、再び視線を落とした緒方の顔が、真っ青になっているのに気づいた。そういえば、先を急ぐあまり会話は少なくはなっていたが、その中でも緒方から口を開くことがなくなっていた。 「緒方?」 野村は緒方の肩に手をかけた。青ざめた顔の中、緒方は口を真一文字にくいしばっていた。その唇の隙間から苦しそうな息遣いが漏れているのに、野村はようやく気づいた。ユニフォーム越しに伝わってくる緒方の体温が、何か小鳥を抱えているように高かった。おそるおそる肩においていた手を緒方の額へと伸ばした。 めちゃくちゃに熱かった。同時に、緒方の額に浮いた冷や汗が野村の手のひらをじとっと濡らした。 「大丈夫です」 緒方はそう言ったが、その声はあまりに力なかった。 「…あほ!なんでもっと早く言わなかった!!」 緒方はすまなそうに視線を下げた。野村はもっと問い詰めたかったが、とりあえず自分を落ち着かせた。最初から一緒に行動していたわけではないので、緒方の体調不良の原因を断定することは出来ない。しかし、一つ思い当たる点がなくもなかった―――緒方と出くわした時、あの深夜の寒空の中、緒方はユニフォーム姿で倒れていたのだ。それはあまりに無防備すぎた。なぜすぐに気づいてやれなかったのか、野村は唇を噛んだが、今は後悔している余裕などない。 「寒いんじゃないのか?」 「少し…」 「そうか…まだ歩けるか?」 「俺のことは気にしないで下さい。気を遣われて両方無駄死にしてたらしょうがないでしょう?」 ―――こいつは。いかにも緒方らしい一言に野村はニヤリと笑い、そして自分のデイパックから支給されたペットボトルを取り出すと緒方に投げ渡した。 「きつかったらそれを飲め。今から町におりる」 ペットボトルを左手に持ったまま、緒方は野村を見つめる。 「方向転換だ。まず薬を探そう」 「そんなことよりみんな…」 「わかってる。お前のためだけじゃない。これから会うやつが怪我や病気をしてるかもしれないだろ?」 緒方をたしなめるようにして、それから再び笑みを浮かべて一言付け加えた。 「ま、俺がいつ熱を出すとも限らんからな」 それにつられて弱々しいながらも緒方は口元を緩め、野村には聞こえないくらいの小さな声で「すみません」とだけ呟いた。 【残り26人】
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