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『…ーい、正午になりました。いつもの定時放送だぞー。』
島中にうるさいくらいに鳴り響いているはずの達川の声がどこか遠くから聞こえるようだ。
―――おかしいな、苦情でも出て音量をさげたのだろうか?はは、そんなはずはないよなあ。だってここには俺達以外いないはずだ。そうそう、ここで俺たちは…
闇の淵からゆっくりと意識が覚醒してきてそろそろと見開かれる空間から光が差し込んで―――はっきり目を見開くと同時に栗原健太(背番号50)は思い切り体を起こした。瞬間、頭に鈍い痛みが走ったが、たいしたことはない。上下左右を見回して、自分がいつの間にか草むらの中に倒れこんで意識を失っていたという事実を飲み込み、同時にあの朝の悪夢、半狂乱で走っていたこと、そしてその途中で足を踏み外し数メートルの丘を転がりながら滑り落ちたことが走馬灯のように脳裏によみがえった。つまりは、転がり落ちた先がこの草むらなのである。太陽は青空の中にある。もし意識の中で響いていた放送が現実のものだったのなら、今は正午という事になる。意識を失って数時間しかたっていない。そして、まだ、ゲームに参加させられたままなのだ。
「起ーきーたー?」
上から降ってきたやや呑気とも受け取れる声に目をはっきり見開き振り返った。自分が落ちてきた丘の上、足を投げ出して薄い笑みを浮かべ栗原を観察していたのは岡上和典(背番号37)だった。
「こんな所で優雅に昼寝か?」
まさかそんなはずないでしょう。そう栗原は言ってやりたかったが、言えなかった。なぜなら岡上の口調は純粋に質問するようなものではなく、むしろ全てを知っていて栗原をからかうかのようにあえて聞いているようなそれだったからだ。不快だった。丘から落ちた拍子に頭をうったせいもあったのかもしれなかったが(さっきの鈍い頭痛で栗原自身はそう判断していた。うっていなかったとしたら、何らかの不調の合図なのかもしれない)、それ以上に岡上の言葉、口調、笑み、態度、とにかく全てが何か不快だった。
「まあね、一心不乱に走ってたら眠たくなるのも無理ないかな」
そういって岡上はくすくす笑った。―――やっぱり岡上さんは俺の事情を知ってるんじゃん。そう思うとその低い笑い声さえひどく癇に障った。
「あと、つけてきたんですか?」
投げやりに言葉をぶつけた。すぐに岡上の笑いが消えた。いや、表情にはまだ残っていたが、それはあくまで口元に浮かんでいるだけで、栗原を見つめるその目はとてもじゃないが笑いとは対極にあるような感情しかこもっていないように見えた。
「そりゃ、こんなゲームの真っ最中だからねえ。殺さないと帰れないんだぞ?わかってる?」
“殺さないと帰れない”―――この言葉でまた木村拓也がスローモーションで倒れ込む情景が浮かんできて軽い頭痛がした。ああ、この頭痛は木村さんの恨みか?
「寝てるうちに殺してもよかったんだけど、それじゃあんまりでしょ?」
その言葉にぎょっとして再び岡上に視線を戻して、栗原は再び全身を強張らせた。なぜなら彼の左手、今まで見えていなかったその左手に握られた357マグナムリボルバーが自分を標的としているかのようにしっかりとこちらを向いていたのだ。瞬時にやばいと判断した栗原は、手探りで周囲に自分の銃が落ちていないか探すが―――ない。銃も、デイパックも、ない。ない。ない。
「もしかして、武器とか探してるの?嫌だな、先輩に逆らう気?」
その嘲笑が混じった嫌な質の声がますます栗原に焦りを感じさせた。しかし、ない。両腕を思い切り広げて探せるところまで探すが、草と土の感触しか返ってこない。
「あー、そういえばね」
いかにも笑いをこらえきれない様子で上から声が降ってくる。
「こういうの、落ちてたんだけど」
もしかして―――と思った栗原が三度目に視線を向けたそこには、栗原の拳銃があった。岡上の右手にあった。銃口は左手の銃と同様、こちらを向いていた。「それ…」と口にした言葉を言い切るその前に、『それ』は炎を噴いた。左手にあった銃とともに炎を噴いた。栗原は倒れた。血をふいて倒れた。倒れて、倒れて―――起き上がることは、なかった。
「二丁拳銃!」
ヒューと口笛をふいて、満足気に栗原の死体と細い煙が出ている両手の銃を交互に眺めた。久しぶりの拳銃の感触だったが、岡上にはとても心地良く感じられた。このゲームが岡上の感覚をどこか狂わせてから随分と時は過ぎていた。
「…さ、て」
拳銃をポケットとデイパックにそれぞれしまいこみ、立ち上がって尻についた土をはらった。左膝の痛みは相変らずだったが、どれほどこのゲームが続くか分からない。限りある薬がゲームのジ・エンドの前できれるようなことがあってはどうしようもない。この程度の痛みなら我慢するしか他なかった。そんな心配を振り払うためにも、自分にできることはただ一つ。殺して、殺して、ただ殺すだけだ。それなら―――
「どっちを先に追おうかな」
丘を挟んで草むらと正反対を眺めた岡上のその視線の先、そこにはほんの数十分前に激しい銃撃戦が繰り広げられた、あの小川が静かに流れていた。

【残り26人】

 

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