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「玉木さん、ちょっと」
自分の名を呼ばれて、玉木重雄(背番号30)は顔を上げた。
「こっち来てもらえます?あれなんですけど」
菊地原毅(背番号13)に呼ばれるままに窓によって、その指差すほうを眺めた。
「んん?」
目を細めて校庭の先にある道路を見やった。一人の男がバッグを抱え歩いている。ふと、その男が自分達の方に顔を向けた。
「うわっ!!」
慌てて玉木と菊地原が窓の下にしゃがんだ。
「見ました?あれ」
「見た。大下さんじゃんか…」
「ですよね。あの人もこれに参加してるんですか?」
「知らないよ。―――けど、達川さんとすごく仲悪かったのによくここに来たな、大下さん」
「でしょう?松原さんもいるし、まさかいるとは思わなかったんですけど」
「にしても、なんでこんな所をうろついてるんだ、あの人は?」
「さあ―――遅れてやってきたとか」
「そうかなあ。あの人ならまず真っ先に陣頭指揮をとりそうなものだけど」
「もしかして呼ばれてないけど勝手にきたとか」
「そこまでするかあ?もしそうだとしても、何しに来るんだ?」
「いや、僕らを助けに」
菊地原の一言に玉木が吹き出した。
「そりゃいくらなんでもないよ。だってあの大下さんだよ」
「ですかねえ。あの人って結局は愛情の裏返しでああなってると思うんですけどねえ」
「うーん、それにしては厳しすぎるよ。あの時のキャンプ覚えてるだろ?野村さんなんか素手でノック受けてたんだぞ」
「あれはさすがに酷かったですけど、達川さんがとめなかったっていうのもあったし」
「達川さん云々の話じゃないよ。たぶん坊主が流行ったのもあの年じゃなかったっけ?」
「坊主、いいじゃないっすか!楽なんすよ、これ」
菊地原が自分の坊主頭をなでながらいうので、玉木はちょっとだけ呆れた顔を見せた。
―――坊主ねえ?ファッションとしてならまだしも、うちのチームの連中が集団でやると「根性」とか「忍耐」とか、そういう感じなんだよなあ。
そう、玉木は坊主頭を見てもあまりいい気分はしなかった。なにせ彼はハイスクールまでブラジルで過ごしてきた男だった。サッカー同様、野球は楽しくやるものだと思っていたので、来日当初は言葉よりも野球観の違いに戸惑ってしまった程だった。
「…もういいよ。やめとこう、大下さんの話は。どうせ見回りか何かだろう」
それだけ言って玉木は再び頭を出した。大下の姿はもうなかった。
「玉木さーん」
扉の向こうでまた自分を呼ぶ声がした。玉木は腰を上げた。
「とにかく、大下さんがいるっていったらみんな驚くかもしれないから、これは僕とキクだけの秘密な」
それだけ言い残して、玉木は部屋を出て行った。それを見届けてから、菊地原も再度窓の外を見やった。
「大下さん、いい人だと思うんだけどなあ…」

【残り28人】

 

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