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滝のほとりから場所を移し、三十メートル程下った辺りの茂みの中に新井ら三人は隠れていた。木村のトカレフを合わせ、一人一つずつ銃を持っていた。移動してきた後、まだ木村の死が頭を離れないのか、誰も口を開かず沈黙だけがその場を包んでいた。 「なんでこんなゲームなんかやらされてるんだろう、俺たち」 ふいに森笠が口を開いた。 「そりゃ理由は達川さんが言ったけれど、でもどうしても納得いかない。俺たちを試したいんだったら、他にいくらでもやり方はあるはずなのに…」 「そうだな」 前田の言葉に二人が反応した。 「オフをなくすとか、ゴルフをさせないとか、無休キャンプをやるとか、うちのチームならなんでもやりそうだ」 冗談なのかそうでないのかいまいち判断しにくい台詞にどう反応していいか、新井にも森笠にもわからなかった。 「けどな、それじゃ駄目なんだ。新井、このまま選手が死んでいったらどうなる?」 「え?―――数が、減ります」 「あほ、それは誰でもわかる。減ったらうちのチームはどうなる?」 「…いや、チームっていうか、チームにならないじゃないですか」 前田はただ押し黙ったまま、新井を見つめている。その横から突拍子な声がした。 「あ」 「わかったか、森笠」 「けど、別にこんなゲームで選手の存在まで消し去らなくても、他のチームに引き取ってもらうとかあるじゃないですか」 「まあ二十年くらい前の年俸だったら、どこも余裕はあるじゃろう。けど、いまじゃ年俸なんか億単位が当たり前になってきとる。正直言ってどこの球団もいっぱいいっぱいだ。まあ、それでも、いいプレーヤーはほしがられるが」 「じゃあ」 「―――今のプロ野球界何でもありだ。特に金を持ってる球団が裏でいろいろやってくる。金本や緒方なんかツバつけられそうなもんだ。そう思ったんだが、みんなこのゲームに参加させられてる」 森笠はだいたいのことがわかったようだが、新井にはいまいちピンと来ない。 「まさかとは思ったんだが―――その裏工作の得意なあそこも、うちと同じ目にあってたら?」 「それはないでしょう。かりにも球団の盟主なんですよ」 「そりゃそうだ。しかし、前にあそこのおっさんは1リーグ10球団にしろと吠えたことがある。今年はオーナーを降りるとも言っとったな。そりゃ結構なことだが、あのおっさんが他人色に染まったチームを見たいと思うか?わしは無理だと思うがな」 苦笑して、前田は言葉を続ける。 「だとしたら、オーナー降りるついでに球団ごとなくしてしまえばいい。いまやあのおっさんの戯言には誰も逆らえん」 森笠の顔がこわばった。そんな夢物語みたいな話、あるわけがない。そう思いたかったが、人物が人物だ。もしかしたら――― 「けど、僕たちの立場は?」 「そんなもんどうだっていい。クジでも何でも、決めようと思えば決めれるし、うちはあそこには何度か潰されかけた事もあったらしいけえ、その影響もあるかもしれん」 森笠の思いつめたような顔にちらっと視線を向け、前田は最後に一言、言った。 「そう思い込むな。あくまで、想像だ。今のわしらには現実を知ることはできん」 「あの―――」 新井が横から口を挟んだ。 「―――今、何の話してるんですか?」 その瞬間森笠は開いた口がふさがらなくなり(まさに言葉どおり!素晴らしいポカン口だ)、前田はこりゃダメだと言わんばかりに頭を両手で抱え込んだ。しかしすぐに顔を上げると、いつもの眼光で新井をきっと睨んだ。 「…このド阿呆がっ!だから選手がいなくなるってことはな―――」 説明の言葉を続けようとしたその時だった。銃声が連続した。二発、三発。先に鳴った銃声の方が、わずかに音の響きが大きいような気がした。また一発響いた。今度は小さいほうの音だ。 「銃撃戦だな」軽い舌打ちの後、前田が言った。「元気な連中だ」 当座自分たちに危険がないとわかりほっとした新井だったが、しかし、知らず知らずのうちにも唇を噛んでいた。また誰かと誰かが殺しあっている。しかも、すぐそこでだ。そして、自分はここで息を潜めてそれが終わるのを待っている。 「止めに行こうなんて思ってないだろうな、新井」 前田が新井の思いを見透かして(何を考えているか本当に簡単にわかるな、こいつは)言った。新井はごくっと唾を飲み込み、やや口ごもるように「いや…」と言った。けど――― また銃声がした。そして再び沈黙。新井はぐっと奥歯を噛み締めた。右手にはスミスアンドウエスン。 「あ、こら」 前田が言うのが聞こえたが、新井はもう駆け出していた。 【残り29人】 |
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