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長谷川昌幸(背番号19)はいつも持ち歩いていたガム(いたってシンプルなミント味のそれ)を噛みながら川沿いを茂みに隠れて移動していた。長谷川も一晩を商店街に程近い民家で過ごした。ちょっと不自然かな、とも思ったが雨戸を閉め、それから六畳ほどの居間でテレビを見た。音が漏れるといけないので消音にしないとしょうがなかったが(イヤホンを探したけれどもその類いのものは見当たらなかった。―――そこまでことがうまく運ぶわけもないか。テレビが見られるだけでもありがたく思わないと)、ニュースなどはそのテロップでだいたいの内容を知ることができた。 地方版のニュースで「広島湾異常潮流続く フェリーも欠航」というテロップが出た時に、長谷川は驚いた。そんなニュース、俺らが広島にいる時には全くなかったじゃないか。だいたい船も出せないほどだったら、俺たちはどのようにしてここまで連れてこられたんだ?宮島に住んでる人間はどうやって消えたんだ?―――もしかして、このゲームはカープだけの問題じゃなく、広島すべてを動かしてる? 長谷川には答えを見出せなかった。見出したくもなかった。その答えには長谷川には想像もつかない何か大きなものが隠されているような気がして、鳥肌がたった。冷や汗が出てきた。即効性の毒が体に回るように、言い表せない不安が自分の体を包み込むようだった。 深夜番組を見ていて(本当に見るだけだったが)ふと水が飲みたくなった。台所へ行くと、シンクの上のすりガラスの窓の外、何か空全体が光っている。しばし考え、窓を開けた。小さな窓だったので全てを理解するのはちょっと難しかったが、どうも山頂付近から何か火の手が上がっているような感じだった。山火事?それとも山頂にある建物でも燃えているのだろうか? 長谷川には何の関係もない出来事だったが、気になった。何が起こったのか見に行きたい。もちろん危険であることはわかっているけれども、みんながみんな殺し合いをやっているわけじゃないだろう。自分が下手に出ていれば、攻撃されることもないだろう。そう思って朝食のあとにそこを出たのだった。 山は意外に高いのか、結構歩いてるのにと思うのだけれど、山頂に着いたような気配はなかった。途中で川を発見し、それにそって歩いているから、もしかしたらちょっと遠回りになっているのかもしれない。 長谷川は足を止めた。噛んでいたガムを吐き捨てると、デイパックの中からペットボトルを出し、水を口に含んだ。―――うまい!そこまで疲れてはいなかったけれども、それでも全身がリフレッシュするような冷たさと美味しさがあった。 水の音はかわらずさあさあと耳に心地良かった。なんなら顔の汗でも流そうか。そう思って茂みの中から川へ出たのだが、流れる水を見てぎょっとした。無色透明のはずの水の中に、一本、少し太めの赤い水の帯があった。これは―――その正体を本能的に感じ取って長谷川は視線をあげた。ほんの数メートル先、岩に誰かの上半身が倒れこんでいるのが見える。我を忘れて長谷川は川の中を駆け登った。ばしゃばしゃとはねる水のことなど気にもならなかった。 岩まで駆け寄ってその倒れこんでいる選手を見て驚いた。 「倉さん!」 そう、そこにいたのは今年途中までバッテリーを組んでいた倉義和(背番号40)だった。そのユニフォームの後ろ側には二個の穴が開いていて、それとは逆、胸のほうから流れ出る血が、綺麗な川に赤い帯を流していたのであった。長谷川は倉の体を揺らしたが、まだ温かさは残っていたものの、倉が反応を返すことはなかった。 長谷川は茫然とした。―――なんで?どうして死んでるんですか、倉さん? 長谷川の意識が一発の銃声で戻ってきた。一瞬の事で長谷川は立ち尽くしたままだったが、その弾は長谷川をかすめて倉の首の付け根辺りに命中した。びくっと体を震わせ、おそるおそるその弾の出所と思われる方向を見た。 長谷川のほぼ右斜め前、茂みの中に一人の選手が立っていた。長谷川と似た体型にぼさぼさの髪。今年広島にトレードでやってきた鶴田泰(背番号17)が拳銃を構えて立っていた。 【残り29人】
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