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朝日を受けてきらきらと光る瀬戸内海を、一隻の船が呉から宮島にむかって進んでいた。その船内には、船を操縦する男と、さらにもう一人、さも怒っているかの表情を浮かべている初老の男が乗っていた。
「杉ノ浦でええんかのう」
操縦する男が、もう一人の男に聞いた。
「そっちにしてくれ。なるだけ、向こうの桟橋から見えんようにの」

その連絡を受けた時、初老の男は、まあ仕方ないことか、としか思わなかった。プロ野球界もいまや不況の煽りをくっている。それへの対策を講じられるのは至極当然なことだと思ったが―――そのやり方を聞いて愕然とした。まさか、選手同士を殺し合わせるなんて。しかも、それを賭けの対象にしているなんて。
「誰にされますか?」
なんだかファミレスで「どちらになさいますか?」と聞かれる時と同じような口調に、受話器を握る手が震えた。もちろん返事をしないとあやしまれると思い、適当に野村謙二郎の名前を挙げた。
「ほうですか、さすがの人選ですねえ。あ、パソコン使われますかねー。とりあえず情報を逐一お伝えしますけど―――あ、使わない。それでしたら、野村に何かあったらまた連絡します。ほんで島の様子が気になるようでしたら、球団事務所に行って下さい。ええ、こっちから随時情報を送っとりますんで、はい。これも仕方ないんですよねー。あんなに視聴率取れないんじゃあ―――まあ、仕事は回すらしいですから、それはまた連絡待っといてください。わしも仕事がなくなるか思うてびくびくしとりましたよ」
陽気な笑い声の後、一言二言世間話をして、電話を切った。―――この腐れ外道が!
思わず出てきた叫び声に、台所で夕飯の準備をしていた妻が驚いて振り返った。
「いや、なんでもない」
妻に声をかけると、ちょっと考えて、それからすぐにまた受話器を取った。長年親しくしている友人に電話をかけた。無理を言って船を出してもらったのだ。
「わしゃええけど、ニュースで異常潮流がどうこう言っとったじゃろう。宮島のフェリーもしばらく欠航らしいんじゃが―――小さい船じゃけえ、船が沈没する覚悟はしときんさいや」
友人はそう言うと豪快に笑った。一緒に笑いたかったが、気が動転していてとてもそれどころではなかった。電話を切るとすぐに必要そうな荷物をバッグに詰め込んだ。
夕食を食べながら、妻に「明日古い友人と会うけえ、帰らん」とだけ言った。布団に入っても眠ることは出来なかった。この間にも選手たちは殺し合いをしとるんじゃろうか。―――そんなはずはないじゃないか!わしが手塩にかけて鍛えたあいつらが、そんなバカなことをしとるはずがなかろうが。しかし―――自分の頭の中で、殺しあう選手の姿と、それを打ち消す思いが一晩中かけ巡った。朝早く、まだ朝食も準備されていない時間に、家を出た。途中、球団事務所に行き(まだ信号さえ点滅している時間帯なのに、そこには数人の人間がいた。楽しそうに話すそいつらの顔を見るだけで虫唾が走った)、このゲームに関する資料を貰った。武器とか、首輪とか、禁止エリアとかぱっと見だけでは理解不能な内容がそこには書かれてあった。さらにパソコンからプリントアウトした選手名簿もありがたく頂戴した。名前の横に赤字で「死亡」と書かれている選手が半分近くいて、その事実にはただ驚くしかなかった。もちろん、そのそぶりを見せることなく、そこを出たのだけれど。再び車を走らせると、念には念を入れ呉まで遠回りをして、そして船に乗った。

「そろそろ着くぞ」
気がつくと、すぐ目の前に宮島があった。進行方向にコンクリートの防波堤が見える。それから二分ほど船を走らせただろうか、船はその防波堤に横付けされた。
「本当にすまんが、次に電話を入れたらまた迎えにきてもらえんか?」
「お安いご用じゃ。ま、ほどほどの時間に頼むで」
「おう」
男との会話が終わると、船はまた瀬戸内海を進みだした。それが見えなくなるまで眺め、そして、島へと足を運んだ。
―――何があっても残りの選手は救ってやる。達川の阿呆に一泡ふかせてやるわい。
これから知る惨状を予想するはずもなく、大下剛史(99年ヘッドコーチ)は宮島に上陸した。

【残り34人】

 

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