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声は続いていた。『みんな聞けー』という声。 「横山の声だ」 森笠が言った。とりあえず下が見えるところを探そうと新井が動く。それに前田も森笠もついてきた。比較的近くに木々の切れ目から下の公園が見渡せる場所を発見した。しかし、声を発していると思われる横山の姿は見えない。陽が落ち薄暗くなっていたし、公園自体木々に囲まれていた。その木々が時期がくると見事な紅葉を見せることで、その公園は観光名所の一つになっていた。 『みんなここまで来てくれ。みんなで話し合おーぅ』 ハンドマイクか何かを通しての呼びかけだろうか。横山がハンドマイクを持っている姿を想像して、新井は滑稽に思わなくもなかったが、あれならかなりの部分まで声が届くだろうと感心し、そしてタイミングのよさにちょっと驚いていた。 『みんないるなら出てきてくれーっ』 今度は違う声が響いた。ちょっと間を置いてまたも森笠がその声の主を理解した。 「建さんだ」 「二人ともあんなことしとったら殺される。たぶん無防備に叫んどるんじゃろ」 何してるんだと言わんばかりに舌打ちをして、前田が言った。それで新井は唇を噛んだ。要するに、建さんと横山は“説得”を試みようとしているのだ。戦うのはやめろと。二人とも、そう、誰も“やる気”なんかないはずだ、と考えているに違いない。 『みんな戦いたくなんかないだろーっ!?ここまで来い!!』 声は再び横山のものに戻っていた。きっと二人でいることをわからせたかったんだろう。新井は少し逡巡した。状況を整理する必要があった。新井の頭ではそれをするだけでもちょっとした時間を要した。そしてそれが終わったのか、前田に言った。 「前田さん、僕、あそこまで行ってきます」 前田が眉根を寄せた。 「ばかか、おまえは?」 「だって二人とも、やっぱり危険でしょう?あの二人はやる気なんかない。だったら仲間になれますよ。前田さんも、あれが危ないっていうのはわかってるじゃないっすか」 「そんなことを言っとるんじゃない。今ここでむやみに動いたらお前の方が危険じゃろ。だいたい、あそこまでどれだけ距離があると思っとる?途中に誰がいるかわからんのやぞ」 「わかってますよ!」 新井は言い返した。 「いや、お前はわかっとらん。この辺に隠れとるやつらはもうあの二人に気付いとる。あの二人を狙ってるやつがいるとしたら、きっとそいつはお前みたいに何も考えんでのこのこ出てくるやつをも待っとるぞ。標的が増える、そしたら」 前田がいった内容より、その静かな声色にむしろ新井はぞっとした。しかし、こうしている間にも二人の“説得”は続いている。 「やっぱ…行きます」 「よせと言うとるやろうが」 「なんでですか!見殺しにしろとでも言うんですか?」 「そうは言っとらん」 前田は新井から手を離すと、ショットガンを上空に向けて構えた。 「ちょっとだけ俺たちの生存確率を下げる。…ちょっとだけだ」 前田はそう言うなりそのショットガンを撃った。間近で撃発したその火薬の音は物凄く、一瞬鼓膜が吹っ飛んだかと思ったほどだった。その音が、山の斜面に反響した。さらにはものすごい勢いで、寝床に帰っていたと思われる鳥たちが一斉に飛び出した。こんなにいたのかと思うほど多かった。なるほど、この銃声で建さんと横山が脅えて呼びかけるのをやめ、隠れるのを狙っての行動か。新井は少々感心したが――― 「前田さん、もっと撃たないんですか?」 「あほ。今のだけでも俺たちがいる所に気付いたやつがおるかもしれんやろ。これ以上は危険だ」 新井は少し考え、森笠の武器であるスミスアンドウエスンを頭上に向けて構えようとした。前田がその腕を押さえた。 「よせ!何度言わせる?」 「けど…」 「もう俺たちには、あの二人が早く隠れるよう願うしかない。それとも、あいつらと同じ目に―――」 ぱらららららら、という一種タイプライターに似た感じの音が聞こえてきたことで、前田の言葉が途中で切れた。その音に続き、高橋の『うっ』といううめき声が聞こえてきた。もちろん、その声というのもハンドマイクが意味もなく拾って増幅したわけだ。一呼吸置いて『建さん!』という横山の叫び声が続いた。しかしすぐに『がっ』という雑音がし、ハンドマイクが地面に落ちたことが分かった。また、ぱららら、という音が聞こえたが、今度はかなり音が小さかった。それで新井は、その音もまたハンドマイクが拾い上げて増幅していたのだと悟った。ハンドマイクが壊れてしまったから音が小さくなったのだ。そしてそれ以来、高橋の声も横山の声も宮島に響くことはなかった。 新井も森笠も、蒼白になっていた。 【残り41人】
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