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田村恵(背番号60)は厳島神社を挟んで港とは逆の方向にある大願寺の境内にいた。与えられた武器はバールだった。人を殴るには十分だろうが、ゲームが開始されて数回銃声を聞いている。もし相手が銃を持っていたら、とてもじゃないが太刀打ちできそうにはなかった。しかし田村はバールを手にして、いざ敵がやってきたらどう戦うか、そればかり頭の中でシミュレーションを繰り返していた。 ―――飛び道具だろうが何だろうが、何とかするのが頭脳派捕手の腕の見せ所だろう? それにしても田村はこのゲームに参加させられたことに納得いかなかった。そもそもオーナーの鶴の一声でこの世界に入った。「だめならフロント入りさせればいい」―――その一言で自分の将来は約束されたといってもいいであろう。むしろ適当にレギュラーはって引退後に仕事がなく苦労するよりも(だいたい広島みたいな所に野球解説者がごろごろ転がっていても仕方ないだろう?解説者・評論家の席を奪えなかったらどうやって生活しろというんだ)、適当に野球をやって、適当に見切りをつけて、適当に球団幹部になればいい。給料なんかどうせ今とたいしてかわりはしないだろう…1軍でばりばりレギュラーやってるやつらならともかく。 勿論1軍の試合でそれなりに活躍していた頃は、ちょっとだけあの高校時代のフィーバーぶりを思い出さなくもなかったが、それはあくまで活躍している頃だけの話である。むしろその後継続的に活躍できないのなら、あのバカみたいな騒がれようは経験すべきではない。自分が思い出でしか語られない、とても惨めで辛い存在に思えてくる―――そう田村は思っていた。 一昨年のシーズン終盤、横山らとバッテリーを組み活躍したおかげでマスコミにも注目されたが、翌年怪我などもあり1軍では活躍出来ずじまい。前年のマスコミでの扱われ方など、まるで他人のそれだったかのようだった。 それは今年も同じだった。倉義和(背番号40)や木村一喜(背番号27)の台頭で、自分の存在などまるでなかったかのようだった。特に木村一などは2軍で首位打者を狙える好成績を挙げていたので、自分の出場機会は本当に少なくなってしまっていた。一応今現在野球をやっている、そして同じポジションである以上は多少恨むべき存在として木村一は認識されていた。 そしてシーズン終了―――ドラフトでの補強ポイントは捕手だと言われ、自分もとうとうフロントに入るのかなと思っていたが、それはなかった。あと1年野球選手を続けることにもうくたびれてはいたのだけれど、それでも心のどこかにもう一度という思いもあった。「ヒーロー」を経験してしまったものの淡い願いである。しかし、実際は選手生命が1年のびたおかげでこんな残酷なゲームに参加させられてしまっていた。 ―――なんでだよ!フロントに入れたいんだったらこんなゲームの前に入れてくれればよかったんじゃないか! 今年解雇された選手の顔が脳裏に浮かんだ。とてもうらやましかった。お前ら、実はものすごい強運の持ち主なんじゃないの? 「キキキキキ」という鳥の鳴き声に田村ははっと我に返った。何を考えてるんだ俺は。そんなくだらんことを考えてる暇があったら、誰か来た時の対処法を考えるんだ。頭に思い浮かべるんだ。誰かが現れる。その時、俺はどう対処する?いきなり襲うか、それとも馴れ馴れしく近づいていくか。相手にもよるな、若手の2軍選手だったら――― ふいに、パンをいう音がしたかと思うと、頭に振動を感じた。いや、もしかしたらそれさえ感じていないかもしれない。たった1発の銃弾で田村のシミュレーションは幕を下ろした。 田村の背後五メートル程度の所に無防備に金本知憲(背番号10)がたっていた。右手には長崎の武器であった小型ピストルが構えられていた。金本はそれをポケットにつっこみ田村が息をしていないのを確認すると、倒れた弾みに転がったバールを持ち二、三度素振りをしてみせた。―――バットのかわりぐらいには、なるかな。 そうしてバールをデイパックにいれると田村のほうに一度も視線を向けることなく、その場を立ち去った。 【残り41人】
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