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小林幹英(背番号29)は茂みの中をざざざ、と小走りに走っていた。手術から約一ヶ月たって、練習再開できるかできないかという頃に巻き込まれたこのゲームだった。 足にはまだ不安もあった。しかし、とにかく今は逃げなくてはならなかった。小林の頭の中で、さっき見たばかりの映像がフラッシュバックした。茂みの中から見たそれ。新井貴浩は廣瀬純を殺してのけた。実にサスペンス的なやり方で、しかも完璧に。新井が廣瀬の頭からナタを抜き出すまで小林は魅入られたようにそのシーンから目を離せなかったのだが、そのナタについた赤い色を見てようやく恐怖の感情が小林を打ちのめしたのだった。デイパックをひっつかみ、放っておくと自分の意志とは関係なく声をあげかける自分の口を抑えて逃げ出した。目に涙がにじんでいた。背後で銃声がしたが、小林はもちろんそれもほとんど認識できなかった。 一方、銃撃戦まで川の向こうでしっかりと目に焼き付けたものもいた。チームリーダー、野村謙二郎(背番号7)だった。新井と廣瀬が斜面を落ちてくる音で顔をあげ、瀬戸の登場、前田の登場、そして前田と新井が消えるまで一部始終を、ただただ音もたてずに見つめていた。 もうこの世にいないメンバーの名前が達川によって読み上げられた時、長年の自分の夢がかなうことはなくなったと悟ったはずだったが、さすがに目の前で二番手捕手と言われた(もうずっといわれているような気もするが)瀬戸や、期待の若手(特に打撃が使えるようになれば、その守備やファンにも受けのよい性格とあわせてカープの顔になれる選手だと思っていた)の廣瀬が殺されて、自分の夢が完全に消えたことをやっと理解したのであった。 思えば今年は代打から始まったシーズンだったが、いつしかサードのポジションを新井から奪っていた。毎年(今年の開幕直後さえも)悩まされていた大きな怪我もせず(だいたい一年通して野球をやればどこかに痛いところはでてくる。我慢できるまではグラウンドを離れたくはないというのは野村の一貫した思いだった)、終盤には木村拓也の怪我のあって久しぶりに一番という打順に座る事もできた。思い返すと、ここ数年ではもっとも体が動いていたかもしれない。そしてチームも惜しくもAクラスは逃したものの、若手が成長した。中堅・ベテランもポジションに見合う働きが出来ていた。助っ人選手も結果を残した(特に弟分と強い親しみを抱いているディアスの活躍ぶりは自分にとっても相当うれしかった)。来年こそは自分の、チームの夢がかなうと真剣に 思っていた。しかし、この悪夢のようなゲームでその夢に必要な人材がどんどん消えている。そして生き残った選手たちも当たり前のように殺し合いをしている。カープというチームが、もう“チーム”ではなくなっていた。茂みにかくれたままで野村は空を仰いだ。落ちてきそうになる涙を必死でこらえていた。 ―――来年こそは、来年こそは優勝できると信じていたのに。 【残り42人】
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