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宮島で一、二といわれる高級旅館の屋上で苫米地鉄人(背番号54)と玉山健太(背番号52)はおちあった。山梨学院大附属高校の野球部の先輩後輩でもあった二人は、今年はほぼファームでの生活になったわけだが、練習中も声を掛け合ったり一緒にランニングや打撃練習をしたりと、その姿は先輩後輩というよりかはただの仲良しといってもおかしくないほどのものだった。
「まさかこんなことになるとはなあ…」
苫米地がポツリと呟いた。玉山は今にも泣き出しそうな表情でうつむいている。その気持ちは察するに余りあった。誰が殺し合いなどをしにプロの世界に足を運ぶなどと考えるだろう。一軍で活躍して、綺麗な奥さんをもらって、引退後は解説でもして暮らそうかなどという青写真が彼らの心の中には少なからずあったはずである。しかし、それを叶えられる人間は、少なくともこの島にいる選手の中には一人しかいないのだ(まあ、実力のない選手なんかが生き残ってしまえば、その夢を叶える前にクビになってしまうだろう。その前にチームが組めないからどっかに移籍か。それも大変だな)。後の選手は皆、まわりの人間に会うことなくここで命を落とさねばならなかった。入り口の前にあった遠藤の、そしてそこから林のほうにしばらく行った所にあった河野の死体は、彼らにその事実を十分に認識させた。
「先輩は生きてください。あんなにファンもいたし、先輩がいなかったら悲しむ人は絶対多いですよ」
涙をうかべて玉山が言った。
「俺はほかの人間を殺してまで生きようとは思ってないよ。野球に未練はあるけど、正直なところ人気ばかりが一人歩きして、それが俺にはつらかったし」
「そんな…」
「それより生き残るべきなのはお前のほうだ。俺より若いし、まだ未来はあるよ」
苫米地が笑いながら言った。
「嫌ですよ!…なんで、なんでこんなことになっちゃったんだろう…」
ほぼ泣き声で玉山が声を漏らした。怖いのだ。隣に信頼できる苫米地という先輩がいても怖いのだ。玉山は達川が監督だった頃のカープを知らない。しかしドラフトで指名され、正月に苫米地と自主トレをしている時にいろいろと話は聞いていた。達川さんは面白いよ。それが苫米地の達川評だったはずだ。
―――面白い?どこが?去年まで一緒にいた選手を顔色一つ変えずに殺した。監督だってあの人に殺された。そして自分たちに殺し合いを要求しているあの男が面白いだなんて、それこそ面白い冗談だ。
「とにかく誰かを殺すくらいだったら俺は自分から死ぬ」
ポツリと苫米地が言った。端整な顔立ちをした彼のその横顔には、どことなく諦めのようなものさえ見えた。
「お前は、逃げろ。俺の分まで戦って来い」
「嫌ですそんな!先輩が死ぬんなら俺も死ぬ。殺し合いなんて殺し合いなんて…」
玉山はあふれる涙をこらえきれなかった。緊張の糸はギリギリにまで張り詰めていた。気が狂いそうだった。
「落ち着け健太」
苫米地が玉山の顔を見て諭すように言った。よく見ると苫米地も涙目になっている。あのいつも強気だった先輩が―――それを見て、あれほど騒がしかった心が急速に落ち着くのが自分でも分かった。
「お前、ここで死んだらもう誰にも会えないんだぞ?わかってんのか?それを承知で言ってるのか?」
「はい」
「…もう一度聞く。冷静になれ。本当にいいんだな」
「はい」
迷いはなかった。島の向こうに広がる土地―――東へ行けば家族も友人もいる―――その場所に未練がないわけはなかった。けれどもそれ以上に、今まで仲間だと思っていたチームメイトを殺すなどできない、世話になった先輩たちを手にかけることなどできない、その思いのほうが強かった。
「わかった。…お前のバッグの中の武器を見せろ」
苫米地の指示に従い、玉山はデイパックをあさった。しかし出てきたのはわずかばかりの食料と備品、それと、鍋の蓋。それを取り出したとき、苫米地はプッと吹き出した。
「よりにもよって鍋の蓋かよ」
その笑い声につられて玉山も笑った。ああ、笑うってなんて素晴らしいことなんだろう。しかし、勿論その笑い声は長くは続かなかった。笑いながらまた涙が落ちてきた。こればかりは止められなかった。
「それは使えないな。俺の武器なら大丈夫だ。それでいいか?」
苫米地が取り出したのは、生まれて初めて見る拳銃(357マグナムリボルバー)だった。
「はい」
「オーケー。…お前、俺を撃って自分も撃つ覚悟はあるか?」
突然の問いに玉山はちぎれんばかりに首を左右に振った。
「なら、俺がお前を殺す。その後必ず自分も死ぬ。それでいいか?」
今度はまたちぎれんばかりに首を上下に振った。とまらない涙は首の動きにあわせて四方八方に飛び散った。苫米地はその玉山の頭を自分の胸に抱きかかえた。そして銃口を玉山のこめかみにあてた。
「最後に言う事は?」
つとめて冷静に苫米地は、おそらく最後になるであろう質問を玉山に投げかけた。
「…今までありがとうございました。先輩と一緒にいた野球生活、忘れません」
最後のほうは泣き声で言葉になっていなかったが、苫米地はそれをしっかりと聞き届けると、引き金を―――引いた。その瞬間、玉山は、というか玉山だったそれは、苫米地によりかかってきた。まだ温かいその死体を抱いて苫米地は震えていた。後輩には決して見せなかった顔がそこにはあった。涙と鼻水でグシャグシャになっていた。声を上げて泣きたかった。でもぐずぐずしたくはない。玉山との約束をすぐにでも実行しなければ。
自分の右手を今度は自分自身のこめかみに向けた。
「健太、ありがとう」
そう呟いて、さっきと同じように苫米地は引き金を引いた。

【残り45人】

 

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