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長崎元(背番号58)は厳島神社の出口側に海に突き出した形で存在する西松原の林の中を慎重に歩いていた。支給のデイパックと自分のバッグを肩からかけ、右手には支給された武器である小型のオートマティックピストルを握りしめていた。なぜ日本の1つの(しかも貧乏な)プロ野球チームであるカープが(あるいはこのゲームの首謀者であろう達川が)このような武器を渡すことができるのか、それは長崎の知る範囲ではなかった。
高校を出て一,二年目しかたってない野手の何人かが平舞台上で固まって座っていたことが幸いしていた。達川の目の届かないところで、長崎らは小声で話しあった。西松原の一番端で落ち合おう、と。
出発の順番は話し合った仲間内の中では後ろから二番目であった。だから西の砂浜へ着けば誰かがいる。それだけを信じて長崎は目的地へ向かった。そして、それはもう目の前にあった。
しばらく歩き、林を抜ける寸前で人影を確認することが出来た。朝日が海面に乱反射してそれが誰だか見分けることが出来ないが、岩場に座って人を待っているようである。長崎は駆け出してしまったのだ。喜びの余り。
長崎は無防備に人影に近づいていき、大分近づいたところで、それが約束をかわした仲間でないことがわかった。そこにいるのは尊敬すべき主力選手、金本知憲(背番号10)であった。
長崎は自分の探していた人間ではないとわかって足を止めたが、金本の気さくな一面をテレビを通して見ていたので、警戒心をもたなかった。むしろ、この人が一緒だったら、あの頭のおかしい達川や松原コーチを倒して皆で広島に帰れるのではないか、とも思った。長崎の姿を確認して「長崎」と控えめな笑みを浮かべた金本を見て、長崎のその思いは一層強くなった。
「金本さん、僕、人を探してるんですけど…」
と言いかけて長崎は気付いた。金本の座る岩場の影に何かが打ち上げられているのを。それが何かを認めて長崎の表情が凍りついた。
「か、か、金本さん、そ、そ、そ、そこにあるのは」
震えが全身を襲いうまく喋ることが出来ない。金本は事も無げに長崎の質問に答えた。
「これかい?―――俺を殺そうとしたんだよ。末永も、田村も、そして甲斐も。だから、俺が…殺ったんだ」
―――ああやっぱり!そこには長崎と約束を交わしたはずの末永真史(背番号51)、田村彰啓(背番号56)、甲斐雅人(背番号57)が既に冷たい人形となって波とたわむれていた。一瞬にして頭が真っ白になる。足がガクガクと震える。
「聞いてくれるかな」
落ち着いた表情で金本が口を開いた。
「俺は、どっちでもいいと思ってたんだ」
「どどどどどどっちでもいい、って」
口の中の渇きを感じているのだが、長崎にはそれをどうすることもできない。
「たまに何が正しいのかわからなくなる時がある。今回だってそう。帰れなかったら今まで自分のやってきたことは全て水の泡だ。何のための野球だったんだ?何のための練習だったんだ?―――お前らが小声で話し合っていたのを俺は見ていた。それでとりあえずここに来てみた。そしたら、案の定末永がやってきた。逃げようとした末永をつかまえて、俺はポケットにあったコインを投げた。表が出たらお前らと組んで達川さんを殺りに行く。裏が出たら―――」
金本の言葉が終わらないうちに、ようやく長崎は気付いていた。長崎は全神経を集中させて拳銃の引き金を引いた。潮風が舞い、三人から作られた血だまりから立ち上る匂いがそれに入り混じった。いや、その三人に、さらに一人加わっていた。
長崎が引き金を引く前に、金本の持つイングラムM10サブマシンガンからはパララッと小気味よい音が響いていた。長崎はしばらくたったままだったが、潮風に押されてどっと倒れた。その体には四つの指が入るくらいの穴が開いていた。
「―――お前らを殺して、このゲームにのる」
そう呟くと金本は長崎の動かない右手から拳銃を奪った。そしてしばらくの間もう一人くるであろう彼らの仲間を待ったが、障害物のない砂浜に長居するほど無駄なことはないとでも思ったのか―――腰を上げ林の中へと消えていった。

【残り47人】

 

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