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しばらくして河野は意識を取り戻した。頭を打っていて、意識を取り戻した当初はただただ「頭が痛い」としか思わなかった。いや、「頭が痛いんじゃ!」という感じだった。自分ではどうしようもできない不快な気分。シーズン始まって調子が上がらなかった自分を「体重がしぼれてないから」と批判したマスコミに対して、「肘が痛いんじゃ!」と発言した時のような、そんな気分だった。 倒れているせいで視界には薄く白んでいる空ばかりが映るが、その右のほうに雑木林が映っているのに気がついて、自分が何をやっていたかを思い出した。達川、山本監督の死体、出発、とりあえず身を隠した雑木林、デイパックの中のボウガン、倒れる遠藤、日頃世話になっていた高橋建(背番号22)を見送り、しかし矢をつがえる間に横山竜士(背番号23)を取り逃がし、さらには河内貴哉(背番号24)にさえも、オフシーズンのランニング番組でMVPをもぎとった彼自慢の足で逃げられてしまったこと。そして―――。 河野は慌てて身を起こした。楽に殺せると思った新井に逆にやられてしまった。ちっ、やつはどこだ。俺は妻と子供のために帰るんじゃ。シドニー代表の実力をあなどるな!そのためにはボウガンを―――と目をやった先に、福地寿樹(背番号44)がいた。 「おおおおおおい、だだだ大丈夫か?これ、お前のか?」 そう聞く福地の右手には河野のボウガンが握られている。 「ああああああああああああ」 河野はその武器を取り返そうと妙な叫び声を上げて福地に襲い掛かった。 「わああ」 あまりに突然のことに福地は驚き、そして、河野に向かってそのボウガンの引き金をひいてしまった。 矢は河野めがけて一直線に突き刺さり、河野は、そう、漫画なんかで見る、攻撃をくらった主人公みたいに体をくの字にすると、そのまま倒れこんで、しかしそれらの主人公とは違って二度と起き上がることはなかった。 福地は混乱した。俺が殺した?殺し?違う、これは正当防衛だ。河野の方が先に襲ってきたんだ。河野を殺ってしまったのは仕方がないんだよ。盗塁を試みた時にボールを送球する相手のキャッチャーと同じさ。やらなければ自分がピンチに陥るんだよ。そうだ、そうだよ。 そう考えると、痺れたようになっていた頭の一部にようやく感覚が戻ってきたような感じがした。福地はあたりを見回し、ボウガンと、河野の足もとに転がっていた彼のデイパックを奪うと、その自慢の足で走り始めた。 【残り51人】
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