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波の音が聞こえる。海の匂いだ。子供の頃飽きるまで来た、瀬戸内海の匂い。でももっと温かい時期に遊びに来たはずだ。なんでこう、突き刺すように冷たい海風が吹いてるんだ?違うだろう、焼けるような日差しと青い海―――。 新井は目を覚ました。視界にははるか遠くに輝く無数の星が散らばっている。それが夜空だというのはすぐに理解は出来た。新井は体を起こす。起こして新井は驚いた。自分のいるその場所は見慣れた厳島神社の、本殿から海に突き出した平舞台である。今は暗くて見えないが、きっとこの舞台の先にはあの有名な鳥居があるのだろう。広い闇の向こうには対岸の明かりが見えた。平舞台には自分だけでなく、練習場に集まっていたはずの選手全員がそこにいた。なぜか、ご丁寧にも毛布がかぶせられていたのだが。それにしても毛布があっても一時的な寒さしのぎにしかならないくらい寒かった。 ―――なぜ、自分は…いや、自分たちは宮島なんかにいるんだ?あの練習場の光景はなんだったんだ? 平舞台で寝ていた選手たちもだんだんと起き出した。そして新井同様自分がなぜここにいるのかわからない、といった様子であたりを見回している。ほとんどの選手が起きた頃に、隣の選手も起きた。森笠繁(背番号41)である。同期の大卒野手は森笠しかいなかったので、新井と森笠はプライベートでもよく飲みに出かけたりする仲だった。 「…新井?…どこ、ここ?」 「宮島っぽい」 「は?宮島?」 その時である。セットされていたのだろう照明が一斉にともった。あまりのまぶしさに目がくらむ。 「はいはいはーい、おきましたかぁー?」 どこかで聞いたことのあるクセのある広島弁―――明かりの中から出てきたのは、前監督・達川光男(背番号74)だった。 【残り54人】
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