それは秋季キャンプも、ファン感謝デーも終わったある冬の日だった。新井貴浩(背番号25)は突然球団から呼び出しを受けた。ユニフォーム持参だという。 ―――このお寒い中練習かよ!怪我してもしらんぞ。 と思ったが、契約更改を控える身としては無駄に印象を悪くして給料を減らされることになったら困る。その日の全ての約束を断り、新井は大野練習場へ急いだ。 室内練習場について新井は驚いた。若手のみならず、自由契約になった選手と帰国している外国人選手を除いた全ての選手が呼び出されていた。その割には山本監督(背番号8)の姿はない。いるのは松原ヘッド兼打撃コーチ(背番号71)1人である。 「今日の練習はすぐ終わるんだが、その後報告することがある。多少時間がかかるから、どうせオフになって怠けてるんだろうし、ランニングでもしてもらおうと思ってな。まあここでめいめいに練習していてくれ。準備が出来たら呼ぶから」 そう言って松原コーチは出て行ってしまった。投手も野手も、若手もベテランも一同に集まっている。これでドラフトで指名された新人がいれば新年の合同自主トレと何ら変わらない、そんな雰囲気である。オフに入ってトレーニング施設で見たやつもいれば久しぶりに会う選手もいる。選手たちは近くにいたチームメイトと話に花を咲かせ始めた。 10分程たった頃だろうか、新井は体が妙にけだるいのに気付いた。 新井だけではない。周りの選手たちが自分の体を支えきれないといった感じで壁にもたれたり、あるいは膝をつき倒れこんでいる。倒れる選手が時間を追うに連れだんだんと増えていく。新井もやがて自分の体を支えきれなくなり近くのパイプ椅子に座り込んだ。そしてものすごい眠気に襲われる。それを振り払おうとするがどうにもこうにもできない。 ガラス窓をひっかくような音がして新井は重い頭を何とかそちらに向けた。前田智徳(背番号1)が上半身を壁でおこし、右手で窓を開けようとしている。しかし、窓は開かない。鍵でもかかっているのか?前田は思い通りにいかない窓にいらだちをぶつけるかの如く、右の拳を窓に叩きつけた。2度目を叩きつけようかとしたその時に、前田の体自体がガクリと地面に落ちた。 ―――前田さん、何をやってるんで… 心の中の問いが終わらないうちに、新井も意識を失った。 【残り54人】
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