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『みんな元気でやっとるかー』
達川の声だった。拡声器がどこにあるのかわからないが、こんな有名な島だ。どこにあっても不思議ではない。ただそれらをどうやって達川らがいる厳島神社から操作しているのかはわからなかった。
『正午になったなー。みんな腹減ってないかー?スポーツ選手は体が資本じゃけーのー。荷物の中の食べ物はきちんと食べるんだぞー』
新井は顔を歪める以前に、その達川の明るい口調に唖然とした。
『ほいじゃあ、これまでに死んだチームメイトの名前を言うけぇのう。00番嶋重宣。4番兵動秀治。12番河野昌人。21番遠藤竜志。51番末永真史。52番玉山健太。54番苫米地鉄人。56番田村彰啓。57番甲斐雅人。58番長崎元。』
河野の名前を聞いて新井の頬がぐっとこわばった。河野はあの時、まだ死んではいなかったと思う。すると、あの後また誰かを殺そうとし、逆に誰かにやられたのだろうか?それとも何か別の理由が?新井が河野を気絶させている以上、それは気分のいい話ではなかったし、それ以上に昨日まで同じチームにいたはずの選手の名前の羅列で眩暈を起こしそうだった。名前を読み上げられたチームメイトの顔が、頭の中に浮かんでは消えた。みんな…みんな死んでしまったのだ、そして勿論同じ数の殺人者がいるはずだった。それこそ、名前を呼ばれた者たちが自殺したのでもない限り。
『―――いいペースだぞー。監督をしとったモンとしてはうれしい限りじゃ。ほんじゃ次に禁止エリアについてでーす。今からエリアと時間を言うから地図出してチェックしろよー』
死者の多さにショックも受けていたし、達川の口調にむかつきもしたが、新井も森笠もとりあえず地図をとりだし達川の言ったエリアに印をつけた。達川の告げた禁止エリアは、当座新井と森笠のいるところとは関係がなかった。しかし、次は新井たちのいるここかもしれない。
『じゃー、昼間でみんな元気じゃろうから、がんばろうなー』
最後にそれだけ言って、達川の放送はぶつっときれた。
地図の裏に印刷されていたメンバー表を見る。悪趣味だが、情報は確認しておかなければならない。今放送された名前の横に小さくチェックを入れた。大きな番号の選手が多い。皆若く、ほんの数年のうちにカープに入ってきた選手ばかりだ。この選手たちが一体何をやったというのだ?どこに殺されなければならない理由があったのいうのだ?
そんな自問が、ガサガサという音で中断された。森笠も一気に緊張するのがわかった。新井は名簿とペンをさっとポケットに入れた。その音はゆっくりではありながらも、だんだんと近づいている。新井はデイパックを手にとった。いつでも動けるようにしておかなければならないと考えて、荷物はもう、そのデイパック一つにまとめてあった。いくらかの衣類などは自分のバッグに残していたが、こっちは捨ててもいい。森笠も同様に荷造りしてあった。
新井は支給のナイフを抜き出し、右手に逆手に持った。だが、思った。果たしてグラブもろくに使えないような自分にこんなものをうまく使えるのか?
しかし、余裕はない。ガサガサという音はすでに数メートルぐらいに迫っている感じだ。またしても、あの神社の入り口で感じたのと同じ焦燥感が新井の頭を占めた。しかし、そんな時に何も出来ずただその場に立ち尽くしてしまうのもまた新井だった。音はますます大きくなる。ああ、もうダメだ!新井は目をつぶった。
そして―――
近づいてきた音が目の前でしなくなって、目を開けた。そこにいたのは一匹の猫だった。森笠も拍子抜けした表情で猫を見ていた。とりあえずそれを猫だと認識した二人は無意識にしゃがみこんだ。二人ともさっきまでの恐怖とのあまりのギャップに言葉も出なかった。そのうちに、むやみに焦ったことが馬鹿馬鹿しくなり、苦笑した。
「こえーーーーーーー」
ふと大きな声を出した。猫は二人をじっと見ていたが、その声に反応して新井のほうにトタタタとよってまとわりついてきた。新井はナイフを鞘にしまい、猫を抱き上げる。
「いやに慣れてるけど、飼い猫かな?」
「さあ」
と答えたが、たぶん飼い猫だろう。思えばこの糞ゲームのために島の住人は全て追い出されたのだから。この近くに人家はなかったはずだが、この猫はずっと山の中をさまよっていたのだろうか?自分の胸の中で気持ちよさそうに体をなめる猫を見てそんなことを考えながら、新井は立ち上がって、顔を上げて―――ぎょっとした。
向こうのほんの十メートル、あたかも地面に固着したかのようにユニフォーム姿が立っていた。新井よりやや低いもののそのがっしりした体、日焼けした浅黒い肌、刈り込んでもみあげだけのばした髪は、廣瀬純(背番号26)だった。

【残り44人】

 

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